空の色は青い!その小さな感動、共感が子どもの表現力を伸ばす

初等音楽教育

初等音楽教育という科があることを知り、ワイマール音大に辿り着いたのですが。。。コントラバスとは真逆のキャラクターで良い意味でカルチャーショックを受けました。「こんなことが許されるんだ!」と。

その話はこちら→ 間違いなんて無い!全てはそれぞれのアイデア

初等音楽教育 “Elementare Musikpädagogik”

この初等音楽教育は、まず専攻があって取れる副専攻のようなもので、2年(4ゼメスター)で完了します。授業は主に未就学児対象が中心で、最後に幼稚園での研修と終了試験がありました。

幼児音楽教育のリトミックの要素もありますが、元々の目的は子どもだけでなく年齢問わず高齢者まで、音楽を始める生徒向けのものになります。

リズムや音符習得ももちろんですが、後に音楽演奏をする上で感性を高めることも大変重視されていました。寒い時期に夏の暑さを想像してみるとか、木やシフォンスカーフなどが体に触れる感覚を感じるとか、耳を澄まして自然の音を聴くとか、大人は忘れがちになっている”想像すること”をたくさん体験しました。

元々は、カール・オルフの動き、ダンス、言語と音楽を結びつけた教育、ジャン・ジャック・ダルクローゼのエクササイズを用いたリズム練習、音楽教育を改革したゾルターン・コダーイの教育法も元になっています。

コントラバス科とは正反対の性質

当時の教授は、マリアンネ・シュテッフェン=ヴィテック先生。ドイツの初等音楽教育(elementare musik pädagogik)の世界では主要人物の一人で、先生の作った教材を使用しての授業でした。

先生は、学生と対等に接してくれる先生で、片や「教授の肩書きを持った先生のことは、〜教授と呼びなさい」と、閉鎖的な弦楽器科とは正反対で、「下の名前で呼びあいましょう。私のこともね!」とオープンでした。

学科が革新的なのと並行してるのもありますが、この科では、生徒個々の可能性を引き出すというのがテーマだからだと、私は思っています。できないことがあってもその中に可能性を見つけてくれて、どんな意見も一つのアイデアとして認められました。

それは子ども(特に未就学児)のレッスンに繋がって行きます。そして後々、音感を身につけたり、即興ができるようになったりするためにとても重要なことでした。相手を傷つけることでない限り、できるだけ否定しないということ。これ大事!

子どもの可能性は限りない

なぜなら、大人にとっては当たり前のことでも、小さな子どもたちにとっては全てが新しいことで、大人目線で「正しい」とか「間違い」という物差しでジャッジしてしまうと、想像する力がそこで止まってしまうということからでした。

そして、大人には当たり前のことでも子供たちは想像以上に感動するのです。そのことは、後に幼稚園での実習で気付かされました。

レッスン中に青色のシフォンスカーフを前にして、「これは何の色?」という質問になり、一人が「お空の色!」と言ったところで、周りの子どもたちが「ん?お空?うわー、すごい!本当だ、空の色だあ!」と感動していたのです。それに自分も感動してしまい、改めて空が青いということを認識しました。

そして、その「空は青い」というのも当たり前ではなく、仮にここで子どもたちの内の誰かが「空の色は緑!」と言っても、きっと否定はしないでしょう。なぜ緑だと思ったのか聞いてあげると、そこから可能性が広がるのです。確かにどんよりとした雲がかかってたりすると、必ずしも青くはないし。

でも実習は手こずった

幼稚園のレッスン聴講では、感動が尽きませんでしたが、実習となるとまた話は別で、私はかなり手こずりました。

未就学児のレッスンで5人から15人くらいのグループだったのですが、一度間が出来て退屈感を与えてしまうと、一気に皆「うわー!!!」となってしまうのです。そうなると収拾がつかず、もう子供が嫌いになってしまうかも?という不安に襲われることもありました。

計画通りに行くことはまず無いので、いつも普通の倍の量のプログラムを作りました。この年齢の集中力は、だいたい2、3分と言われていたので、次々新しいテーマを出して、ちょっと崩れてきたなと思ったら、即テーマ変更できる柔軟さがとても重要なでした。

でも頭でわかっていても、言いたいことがドイツ語ですぐに出て来ないし、もう挫けそうでした。想定外のことが起こると、あたふたしてしまってすぐに次のテーマが出て来なくて、最後まで流れを止めずにレッスンするのが本当に大変でした。

「子ども相手だし、語学もそんなに気にせずできるよ」と先生はいってくれたものの、言いたいことがすぐにドイツ語で出てこず、やっぱり言葉の壁は厚いとつくづく思いました。

子どもたちは本当に正直に反応してくれるので、感動をくれる天使でもあれば、容赦なく指摘する先生のようでもありました。

あとで冷静に考えると、自分(大人)の頭の硬さ、思い込みが邪魔してたことに気づいて、「本当にごめん、指摘してくれてありがとう!」と思うことの繰り返しで。。いい経験でした、本当に。たまには、頭の中をからにして、0(ゼロ)スタートし直してみるの大事ですね。

初等音楽教育でカルチャーショックを受けた話はこちら↓

間違いなんて無い!全てはそれぞれのアイデア

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